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ハルステッド  William Stewart Halsted 

経歴と業績

ハルステッド (William Stewart Halsted, 1852-1922) 

ニューヨークの裕福な実業家の家に生れ,1874年にイェール大学卒業,1877年,コロンビア大学医学部を卒業した.2年間渡欧して当時最先端の医学を学んだが,この間ウィーンではビルロート の指導を受け,その後ミクリッツ,フォルクマンらとも交流して第一線の外科学を学んだ.1880年に帰国し,ニューヨークで外科医の道を歩み初めたが,1884年にBellevue病院のスタッフとなった.

1881年,自分の姉が産後大量出血のため危篤状態になった折り,かけつけたハルステッドは自らの動脈血を直接姉に輸血して危機を救った.これはアメリカにおける初の直接輸血とされるが,ラントシュタイナーによる血液型発見以前のことであった.1884年,ウィーンの眼科医コレル(Karl Koller)が発表したコカインによる角膜麻酔 の論文を読み,これを局所麻酔に応用することを思いついて,同僚および自分自身で実験を重ね,浸潤麻酔あるいは伝達麻酔としての有用性を証明した.しかし,これを機にハルステッドはコカイン依存症となり,その後半年間入院して寛解したが,生涯依存症を脱することはできなかった.またコカイン中毒症状を緩和するためにモルヒネを使用するようになり,モルヒネ依存症にもなった.

1889年,ジョンスホプキンス 大学病院の開院に際してハルステッドは准教授となり,1892年には教授に就任した.先輩スタッフには病理学のウェルシュ,内科のオスラーがいた.ハルステッドの業績としては,乳癌に対する根治的乳房切除術(Halsted法)がとくに有名であるが,これ以外にも鼠径ヘルニア,大動脈瘤,甲状腺腫瘍の手術にも先駆的な役割を果たした[1,2].

ハルステッドの副次的な功績として知られるのが,手術用ゴム手袋の開発である.当時,既にリスターの消毒法が知られ,ハルステッドはとくにこれを積極的に導入したが,手術はすべて素手で行なわれていた.Johns Hopkins大学病院開院後間もなく,当時手術室の看護婦で,その後ハルステッドの妻となるCaroline Hamptonが,消毒薬の昇汞水(塩化第二水銀)による手の皮膚炎に悩んでいることを知り,1889年にハルステッドはゴムメーカーのグッドイヤー社にゴム手の製作を依頼した.これは単に手の皮膚を保護するだけでなく,無菌操作にも有効であることがあきらかとなった.当初は手の感覚が鈍るとしてこれを嫌う医師が多かったが,やがて全員が使用するようになった[3].

またハルステッドは,内科の オスラー とともに医師の教育システムとしてレジデント制をアメリカで初めて導入したことでも知られる.これはヨーロッパ留学中に見聞したビルロート の先進的な外科医教育システムを参考にしたものであった.ハルステッドの下では脳神経外科の創始者クッシング(Harvey Cushing) を初め17人がチーフレジデントをつとめ,さらにその門下から238人のレジデントが生まれ,51人の教授を輩出した[4].

1919年に胆石発作に見舞われて胆嚢摘出術を受けたが,1922年に再発し,胆管結石の手術を受けたが,術後肺炎で死亡した.

出典