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オスラー  William Osler   

経歴と業績

オスラー (William Osler, 1849-1919)

カナダ西部のボンドヘッドに生まれた.父は牧師で,自らも牧師になるべくトロント大学に入学したが,医学に興味を持つようになり,翌年に医学部に転向,1872年に卒業した.ドイツに遊学する際,眼科を志したが,同郷の医師が既に眼科を専攻していると知ってより広く病理学,内科学を研讃し,病理学者のウィルヒョウ(Rudolf Virchow,1821-1902)の下でも学んだ.1875年に帰国,マギル大学(McGill University)生理学教授,1884年にペンシルベニア大学教授となり,1888年に米国メリーランド州のジョンスホプキンス大学創設に尽力して初代教授となり,翌年に同病院の内科部長に就任した.この時外科部長はハルステッド(William Halsted)で,産婦人科のケリー(Howard Atwood Kelly),病理学のウエルチ(William Welch)とともに,4人のいわゆる「Big Four」はいずれも30歳代,新進気鋭の医師であった.またこの時期,ハルステッドの弟子として脳外科の父クッシング(Harvey Cushing)*もいた.1905年に渡英,オックスフォード大学教授に招かれ,数々の学会の設立,医学誌の編集に携わった.

*クッシングとオスラーの自宅は隣どうしで,親しい交際があった.1925年にクッシングが著した「オスラーの生涯」 (The Life of Sir William Osler)はその翌年にピューリッツァー賞を受賞している.

オスラーは優れた臨床医であったが,その最大の功績は医学教育者としてのものである.内科医として患者の訴えを良く聞き,綿密な診察を行うことを何よりも重視し,これを医学教育に反映することに多大な功績を残した.特にドイツで見聞した教育システムを参考にして,ジョンスホプキンス大学時代には病棟内に若い医師の居住区を設けて,医師はここに寝泊まりして24時間態勢で診療にあたる,いわゆるレジデント制を導入した.ハルステッドもドイツでビルロートの下に学んだときにこのシステムを知り,同様のアメリカの外科医の教育システムを築き上げている.また医学生をレジデントのもとに配属して診療に参加させるクラークシップを導入し,現在では当然のベッドサイドティーチングを実践した.

その鋭い臨床的観察をもとに多くの臨床論文を著しており,オスラー結節(Osler's node,感染性心内膜炎に合併する手指の皮膚結節),Rendu-Osler-Weber病(遺伝性出血性毛細血管拡張症)などにその名前が残る.真性多血症(polycythemia vera)は,1892年にフランスのヴァケ(Louis Henri Vaquez)が初めて報告したが,この臨床像を詳細に報告したのはオスラーで,Osler病,Vaquez-Osler病とも呼ばれる.その著書「医学の原理と実践」(The Principles and Practice of Medicine)は臨床徴候を生理学的,病理学的背景から縦横に論じた内科学の教科書で,16版を重ね,半世紀以上にわたって医学生,臨床医に読みつがれた.また,オスラーは医学史に深い関心をよせ,収集した膨大な資料は遺言によるマギル大学医学に寄贈され,現在は世界最大規模の医学史図書館,オスラー医学史図書館(Osler Library of the History of Medicine)となっている.

オスラーは,医学的にとりたてて大きな発明,発見をしたわけではないが,理論偏重の医学を廃して臨床を重視して患者中心の医療を唱え,これを自ら実践するとともに,医学生,若い医師にこれを伝えた.これは,現代の臨床医学の父ともいえる存在であった.その意味で,17世紀に活躍し,イギリスのヒポクラテスと称された シデナム(Thomas Sydenham)と共通するところがある.オスラーはその生涯を通じて,医学のみならず,自然科学,哲学など多方面にわたる1,600篇以上ともいわれる膨大な著作があり,その数々の明言は医学教育の場で現在もしばしば引用される.オスラーは現在なお,臨床医学に携わる者にとって理想的モデル像とされる.

The practice of medicine is an art, based on science (医学は科学に基づく技術である)
Listen to your patient, he is telling you the diagnosis (患者の言葉に耳を傾けよ.患者は診断を述べている)
Fifteen minutes at the bedside is better than three hours at the desk (ベッドサイドの15分は机上の3時間に勝る)

出典